<前編>
過去に関わった男の人たちをみんな嫌いになっていました。その中でも、一番初めに嫌いになった人のことは、同じ苗字を見ただけでもゾッとして顔が引きつりました。拒絶反応があるくらい大嫌いでした。でも、一番心の底では、その人を嫌っているというよりは、後悔で自分を責め続けている感じだと思います。14歳の時のままで。
中学1年生の3学期くらいに、顔が好きって言ってくる男の子に告白されました。違うクラスで話したこともなかったので断りました。だけどその後もずっと好き好き言ってて、顔が好きって言っているのに、全部好きって言われているように感じました。そして、そのすぐ後に、また別のクラスの男の子に告白されました。告白される前に、そのクラスの前を通った時に教室内がざわついていたので、ふと見た時にその男の子と目が合って、ゾッとしました。ゾッとしたのに、告白されると気になってしまう幻術にかかって付き合うことになりました。この2人の男の子たちは友達同士でした。ゾッとした方が上に書いた恐怖の人F君でした。
その頃、親は超警戒態勢でピリピリしているみたいでした。うちは男の子から電話がかかってきても取り次がないような家で厳しかったのでしばらくは距離がありました。だけど中学2年の秋頃に、F君ともう一人別の男の子、そして私と友達の4人で遊ぶことになって、その別の男の子の家に集まりました。最初は普通に話したり家の中をうろうろ?してたと思うけど、途中で女の子の友達が急に怒ってか何かわからないけど、私に何も言わず帰ってしまいました。そしてその家の男の子もいつの間にかいなくなりました。そうしたらF君が体を触ってきました。その時は途中で嫌だと言いました。なんで嫌なのか、みたいなことを言われている最中にその家の男の子が帰ってきたのでそれで終わりました。それから少し後に次はF君の家に連れていかれました。ついて行かなかったらよかったのに行ってしまいました。海の近く、河口のそばの市営住宅でした。その時に、今日はいい?と聞かれたので、うんと言ってしまいました。当時私は皆より色んなことを知らなくて真面目過ぎると言われたりしていたので、うんと言わないといけないような気になっていました。さらにその時は具体的な事がわかっていませんでした。うんと言ってしまった手前、途中で嫌と言ってはいけない気持ちにもなっていました。そして予想していなかったものすごく痛いことをされることになり、痛いから嫌なのに、何故か我慢しなきゃと思ってしまいました。でも、体の方はどうしても受け入れられませんでした。物理的に中に入ることが無理なようでした。無理なのに何度もチャレンジしようとされるので痛すぎて騒いでしまったりしました。結局、入らなくて入り口だけの出来事で終わりました。その男の子が自分で勝手に終わったような気がします。だけど私は何度も痛かったからか少し出血しました。どうなるべきかよくわかってなかったので、こういうものだと思ったと思います。これが2年生の10月初め頃でした。後からものすごく後悔しました。
その少し前頃、なぜか親が2階の私の部屋に、窓枠にとりつけるエアコンみたいなのを取り付けました。前からあった要らないものをとりあえずここに取り付けとこうみたいな感じだったと思います。そして私の部屋の窓には鍵がかからなくなりました。そんなところから人が入ってくるとは予想もしていなかったと思います。そしてそこから入ってくるようになりました。入ってくる目的は1つしかありませんでした。でももう絶対嫌だったのと、それに騒がずにはいられないからうちでは無理でした。そうすると、下がダメだから口に入れてきました。気持ち悪くてお風呂場で吐いたりしてたからか、そのころから食べたものも吐くようになってしまいました。28歳で出産するまでずっと続きました。出産すると止まったけど、また2人目を妊娠すると始まって出産すると止まりました。話を戻すと、やっぱり下の方に入れたかったようで何度も説得されたけど、もう絶対に無理でした。そうしたら諦めて違う女の子の所へ行くようになりました。そしてそれをわざわざ報告してくれていました。私はいろいろよくわかってなくて、何も思いませんでした。そんな中、一度だけ夜中に別の友達の家の誰も住んでいない家に呼ばれました。私だけじゃなくその家の子達もくることになっていました。またバカなのでそっと家を抜け出して行ってしまいました。後でバカだって思うんだけど、ちゃんと関係を終わらせてない間は心に曇りがあっても相手に合わせないといけない気がしてしまいました。行ってみると、その家の子達はまだきていなくて、F君しかいませんでした。そうしてまた説得する側とされる側になりました。もう嫌だって言うのは決まってたんだけど、そう言ったのだけど、私が言うことを聞かなかったら遠くに行かないといけなくなるという謎の言葉になぜか圧力を感じて苦しいけど従わないといけない気持ちになりました。そしてまた負けそうになっていたところに、来ていなかった友達が来て免れました。その後直ぐに帰ったので何しに行ったか分かりませんでした。それからだんだん目が覚めてきて、嫌という気持ちが積もってきてその人を見るだけで心が重くなる嫌な人になりました。だけど嫌がるだけだと何か通じなくて、ねじ伏せられるだけのように思いました。そして、11月の終わり頃だったかな、もう別れたいと言いました。理由を聞かれたので、上に書いた顔が好きって言ってくれた男の子の方が好きだと言ってしまいました。それはその人を逆なですることになったかもしれません。だけど、他の人の方が好き、がなかったら、離れることはできない感じだったと思います。そして全面的に私が拒絶し始めると、私とのことを他の人に言うようになりました。
上に書いた顔が好きの人は、私が他の人と付き合っても、ずっと気にかけて優しくしてくれていました。だけどこの件だけは別でした。噂を聞いて引きつった顔で確認しに来て、それからはずっと顔を背けられるようになりました。その他の人たちも、私を見る目が変わりました。何かいろいろ言われている気配を感じました。何を言われているのかは聞こえませんでしたが、聞こえるのも怖かったし、みんなの目がこわくなりました。でも一度男の子に、大きすぎて入らないんだって、ってからかわれたので、細かく話されてるんだなと思って、心が苦しくなりました。私の心はどんどん沈んでいったけど、私の周辺にいた女の子達は、抵抗感もなく、心も沈まないで、どんどんそっちに進んでいってしまっている子たちが何人かいました。その中でも、小学校の時に一番仲良しで、交換日記とかしていたTひろみちゃんは、男の子について家出してしまいました。そして家出をやめないので、少年院にいれられることになっていなくなりました。顔が好きの男の子もほとんど学校に来なくなりました。少年院に行ったのは友達だったけど、私自身も罪人のように人目に責められているように思いました。
みんなが目を背けるか、好奇の目で見てくるかどっちかの中で、それでもまだ向き合おうとしてくるのが当事者の男の子でした。だけど私はその人が大嫌いでした。姿を見てゾッとする感じがゴキブリを見てゾッとする感じに似てて拒絶反応がありました。卒業して高校に行ってからも、電話がかかってきて、うちの親は電話を取り次がないので私が出るまで何度も電話したのだと思うけど、朝学校に行く途中の少しの時間だけでもいいから会いたいと言われました。心の底からゾッとして絶対に嫌なので断りました。断ることで、また嫌なことされるかも、と心配でした。
高校には同じ中学から30人ほど行きました。一学年が450人だったので、ほとんどの人が知らない人でした。だけどまた噂されるのも時間の問題だと思いました。1年生の時は、人の少ない別館に教室があるクラスだったので、静かにそっと過ごそうと思いました。人の多い方の校舎にはいかないようにしていました。だけど、1年生の終わりごろ、油断して友達について行ってしまいました。そしてまた目が合ってゾッとしました。すぐ後に別の男の子にもあって、女の子に関心のある感じの人で、興味を持たれたと思った瞬間、調べられると思って嫌な予感がしました。それからはその男の子たちを中心に、あっという間にうわさが広がって、私以外に噂される人が誰もいない分、集中的に観察されている感じがしました。ある女の子から、男の子たちが私のことをみんなでいろいろ言っていると聞きました。だけど、その内容はとても言えないと言っていました。その女の子も一緒に聞いているんだなと思いました。実際に言われている内容は聞こえてはきませんでしたが、言われている気配と視線で苦しくなっていました。あっという間に一人も知らない人がいないくらいに広まっていたように思いました。私が通るたびにみんなが注目するように感じました。みんなが私の表面を通り越して見えないところに注目してくるように感じて苦しくなりました。それは、私が大学に進学して、一人の人と向き合うまで続きました。19歳で特定の人と付き合うようになる頃には、視線に苦しむことがほぼ無くなりました。どっかびくびくはしてたと思うけど。地元の大学に行きました。そこしか行くことろはありませんでした。
<後編>
小学校2年生の時にピアノ教室に行って、皆はピアノを習っていたのに私一人だけ歌を習っていました。何の音楽かわからない楽譜を読んで、歌えるようにするみたいな。なんでそんなことになったのかはよくわからないのだけど、もともとは、ピアノが習いたくて、何度か母にお願いしました。ダメって言われました。お金がかかることはダメなんだろうと思いました。その流れで、ピアノは買えないけどピアノ教室に行っているのかなというのと、もう一つは、その頃母が私の声が出ないと心配している時があって、外でそんなこと言われたこともないし困ったこともないけど、母から見てそうだったみたいで、それで訓練させられているんじゃないかっていうその2つの理由からそうなったのではないかと自分では思っていました。そして親戚が画家?だったので親戚づきあいで絵も習いに行っていました。土日は合気道もしていたのと、毎週図書館にバスで行って本も借りる習慣があって、全部が週末に集まっていたので土日忙しい小学生でした。小学校の5年の3学期に転校して、合気道以外の習い事はやめました。次の学校ではうちが塾をしていたのでそこに一緒に座って勉強をすることになりました。
転校してから嫌なことが増えていくというか何か転落していく感じがするのだけど、その転機は小学校6年生の夏に生理が始まったことと関係しているのかなと自分では思っています。5年生の3学期に転校した時に、天才少女が転校してくるみたいな噂がちょっと立ったみたいで、そこが頂点であとは下り坂でした。最初は人が寄ってきやすく、両サイドにUひろみちゃんとTひろみちゃんがくっついてきて、学校ではTひろみちゃん、帰ったらUひろみちゃんと遊んでいました。学校でTひろみちゃんと一番仲良しだったけど、そこにひろこちゃんとなおみちゃんというちょっと私たちに似た?感じの子達も寄ってきていました。似たと言っても似てもないんだけど他と比べるとちょっと種類が似てるかも、くらい。ただ私たちよりは関係が悪かった。ひろこちゃんが私の後に転校してきた転校生でとてもいい子だったのに比べて、なおみちゃんはいつもひろこちゃんを支配して意地悪でした。Uひろみちゃんはピアノや百人一首が得意な女の子で私にまつだせいこちゃんを教えてくれました。何も知らない子供だったので。私にとって、まつだせいこちゃんといえばUひろみちゃんを思い出します。その後、ほそぼそとだけど細く長く結構最近まで連絡があったりしました。
この学校では多くの人が放課後に楽器を練習していて、トランペットみたいな楽器の人と太鼓(大中小)の人たちに分かれてて、私はTひろみちゃんと小の中に入っていました。トランペット等の人たちは先生がつきっきりで真剣に練習する雰囲気で、太鼓の人も大中の人は落ち着いてて、小の空間だけが遊んでても許される7割遊んでるような楽しい雰囲気でした。だけど、そのころプールができて、クラスから何人かずつ水泳部に行かないと行けなくなりました。じゃんけんで決めるってことになっていたんだけど、私だけ先生の名指しでそっちに行くことになりました。周りから先生にひいきされてるって言われるくらい先生との距離が普段から近かったように思い、若い女の先生だったんだけど、いつも一緒にプールについてきて、プールサイドで黄色い声で応援されていました。でもなんか、太鼓の方はTひろみちゃんがいたけど、こっちはなおみちゃんがいて、ひろ子ちゃんがいないと私に意地悪な感じがして、それだけじゃなくて全体に暗いっていうか冷たい空気だったので、いまいち楽しくありませんでした。音楽の先生が両方はダメだって担任の先生に言ってくれたので、太鼓の方に帰ることになりました。
中学校に入ると、テニスしようと思ってて、テニス部に入ったんだけど、なんでかわからないんだけど、1年生はよく地面に正座させられてて帰るのが遅くなり、親が激怒してやめる羽目になりました。そして友達が入っていた合唱部に行っていました。高校でも硬式テニスしようと思って入ったけど、私が入ってから外部に借りてたテニスコートが使えなくなり場所がなくなりました。軟式テニス部の人に短時間だけ1コートを借りれることになったけど、たくさんの人は使えませんでした。空いてそうな時に行くと、私のラケットがなくなっていて、泥棒が入ったんだと聞きました。新しいラケットを親に買ってもらってまた置いておいたんだけど、しばらくしてまた無くなって、また泥棒が入ったんだと聞きました。2回ともなくなったラケットは私のものだけで、特にそんなにいいものではなかったので、たまたま私のだけが泥棒にとられたのかは不明だけど、もう行かなくなりました。あまり嫌がらせだとかそういうことは考えていなかったけど、もうどうでもよくなりました。
大学に入ったら、地元だったので同じ高校からの友達も何人かいました。教育学部だったんだけど、学校の先生になりたかったわけでもなく、行く所がどこにもなくて流れで来てしまっただけでした。大学では友達と一緒に水上競技部に入りました。前は水泳部嫌だったのになぜそうなったのかは自分でもわからないんだけど、友達と帰る帰り道の裏口にプールがあったり、ハイテンションで勧誘してくる人達よりいい人々に見えたりとか、お菓子もらったりとか、縁があったんだと思います。それに、いつもテニスしようと思っても出来なくて、なにか陸のものに縁がないような、うっすらそんな感じがあったような。毎年女の子は少ないみたいだったけど、その年は男の子も女の子も7人ずつで、ちょっと増えて楽し気な感じになったみたいです。
そこでは私は過去の自分のことは封印していたので、その分ちょっと上辺の自分だったかも知れません。3年生の先輩たちが男の人も女の人も、1年生の女の子達をかわいがってくれたので、(男の子はあまりかわいがられてなかった)いろんなところにみんなで連れて行ってくれたりしてちょっとだけ楽しかったと思います。1対1の男女の関係じゃなくて、外に行くっていう感じだったので。かまってくれるのが3年生で、楽しかったのが3年生だったのに、その1年生のバレンタインデーの日に、同級生の女の子と、同級生の男の子たちにチョコレートをあげることにしてしまいました。別々の男の子にあげて、私はHK君にあげました。そうして付き合おうっていうことになって、そのまま卒業まで付き合いました。好きだったのかというと、その中では好き、くらいの好きだったと思います。私の過去のことは言いませんでした。
その人は、私とつき合うようになると、突然貧乏になりました。実家から追い出されて、古い一部屋に下宿するようになり、生活費もアルバイトでなんとかしなければならなくなりました。学校とアルバイトと部活動があり一緒に遊ぶことはあまりなく、映画にさそわれていたくらい。その映画の待ち合わせの場所に行くと、いつもその近くのパチンコ屋さんからしょんぼりして全財産無くなったと言って出て来ていました。今から映画に行くのに。それでいつも私がお金を払うことになりました。私は地元だけど少し遠いので一人暮らしをしていたので、気がつけばいつもうちに来るようになり、ほとんどの所で私がお金を払うようになり、変な依存関係になってしまいました。一緒にいると力が出なくなる関係のように感じがしました。だけど、力が出ないからか、優しいような、かわいそうみたいな、それが依存なのかもしれませんが。
卒業して地元の会社に就職しました。またそこしか行く所がありませんでした。で、地元にいるはずが、3年間だけ配属で東京に行ってほしいと言われ、91年春から東京に行きました。それでそれまで付き合っていた人とは遠距離になりました。
その東京で、また別の人に出会いました。同じ職場の4つ年上のひとでした。その人は私に付き合っている人がいると知っていても凄く積極的に近寄ってきました。正反対の人で、東京を何も知らない私を世話しようとしていました。いろんなものを食べさせてくれたり、遊びに連れて行ってくれたりしてそれが新鮮で結局2人同時に付き合ってしまいました。そのことで、また苦しくなりましたが、どうしてもどっちも切ることが難しかったです。
この東京に行ったのが91年だったのだけど、それまで私は主にまつだせいこちゃんの世界にいたために、違う種類の音楽は聞こえていませんでした。みんなには有名な人でも私は存在も知らなかったりしました。この頃、2人と付き合っていたにもかかわらず、本音では周囲には何か物足りない人しかいないと思ってて、どの人も大して好きになれない、好きになれそうでもどうせ近づくとがっかりすると思っていました。強そうに見せていても、本当は弱い、と心の中で周囲の男の人たちのことを思っていました。で、その91年だったと思うけど、ラジオで、ある人の特集?をしているのを聞きました。その人の曲の中での人気投票?みたいなのをして順番にかけながら、投票のハガキ?に対してその人がコメントしている感じでした。それを初めて聞いて、まつだせいこちゃんとは全然違いましたが、その声と音楽にも何か世界がありました。そして、その時言っていたあるコメントで、ハッとしました。何か特別な人を見つけたと思った瞬間がありました。みんなには有名でも、私には顔も知らない人でした。その話していることそのものというより、それを言っている感覚そのものが伝わってきたって言うか、見るところが他の人と違う、それが私の思うところの強い弱いの強いっていうもののように感じました。でも、それからどんな人なんだろうって、現実の中で見ようとし始めると、自分も表面に行って小さくなってしまうのか、何かうまく言えないけど、嫌な気持ちになることがあったり、なんか違う何かダメでした。直接見に行ったのは2回あって、どっちも2階席で、左側と右側と1回ずつだったような。私は皆のように楽しい気持ちには正直なれていませんでした。1回目は近く5mくらいのところまでその人が来たと思います。こっちの方向を向いていたと思うけど、こっちは真っ黒であちらは輝いていました。後で思うに、これは焦点に落ち込んでしまった瞬間だったかもしれません。2回目はハムで出来たようなみやざわりえさん像が褒められました。その瞬間すぐに帰りたくなりましたがすぐには帰れず、終わったらすぐ2階の出口から帰りました。奥の道路が騒がしかったのでここを車が通るのかなと思いましたが、急いで帰りたいと思っていました。その後なにかやり直しの案内があって、つい応募してしまいました。当選しましたハガキが来たけど、もう仕事で行けませんでした。その年で仕事をやめて地元に帰りました。地元に帰るよりも前に、先に付き合っていた人とは勢いで別れ、他に好きな人が出来たと言いました。それ以外理由がないから。そして東京で会った人とは地元に帰ってから親の力で、親が反対したので別れました。どっちも親にあいさつに来てくれていて、結婚しようと思ってくれていたけどどうしてもできませんでした。そして地元で少しだけ仕事をし、お見合いをして結婚しました。
これを書いただけでいいかわからないけど。雑なところもあるけど、とりあえず書いてみた。絶対に言えなかったことも書いたけど。