2月11日(水)
インターネットでダメなものは現実でもダメで、両方は同じだと思いました。郵便でも。それでまた会議室作りました。コメントは承認制で承認しないから公開しないし、自分にメールで連絡くることもないし、ここに入るだけにしてます。ポストみたいに。ここは誰も見てないし、私一人が管理して誰もいない。最初はテストしてみてね。会議室で。
2月23日(月)
向き合えない、話し合いが出来ないっていう状態には、電話しても繋がらないとか物質的な問題で繋がらないってだけじゃなくて、精神的にどうしても抵抗があるってことがあると思います。で、根本的には精神的な抵抗感の方かなと思います。背中合わせを維持しているってことは、お互いに好きになれていないってことで、何か嫌が残っていることですし。
人の向きって誰と向き合うかで向きが決まってて、スポーツに打ち込むとか鳥が好きとか人以外のもので向きが変わることはなく、絶対に人と人との関係で生まれて死んでいくじゃないですか。だから向きが変わるって人と人との間の好き嫌いの力を誰にどう伝えるかで変わっていくと思います。私たちは背中合わせで好きになれていないのに好きとは言えない、その場合は伝えるのは嫌いを伝えるしかないと思います。でもそこには主語が必要で、誰が好きなのか、誰が嫌いなのかっていうことかと思います。
今私がここで書いている顔は、前を向いた本当の自分かって言うとちょっと違うかもしれません。後ろ向いてちょっとよそ行きの顔で、少し浮いてしまう感じがどうしてもします。その後ろ向きに浮いた私に対して嫌いって言えばいいんだけど、それももうちょっと技がいるって言うか。
AとBとCがいて、Aが根っこ、BとCが倒立像でした。BとCに好きだというと、Aがくるっと背中を向けました。次にAを振り向かせないといけないんだけど、向き合っている人に好きとはいえるけど、向き合っていない背中合わせの人には好きとはいえません。言ってみたとしても背中合わせは嫌いの向きなので嘘だとわかるので受け取ってもらえません。だからといって本人に嫌いだというとそのままを維持するだけだし。BとCに嫌いだからくるっと反対向いてとも言えません。BとCの本体はAの背中側なので、Aの背中に向かってBとCが嫌いだと伝えると、そのAの背中がくるっと反対向くとか、そういう技がいると思います。このAの裏と表の意識が、2つに分裂して姉妹の意識になっているんじゃないかと思います。これはさっと書いてしまった例なので、このとおりじゃないかもしれないけど、なにか好きと嫌いは好きしか言ってはいけないんじゃなくて、力の使い方だと思います。そして技って言っても本当のことじゃないと通用しないので、好きと嫌いが混線してわかりにくくなっているところを本当の気持ちが通じるように、好きと嫌いを使い分けるんだと思います。本当の状態を言わないといけないので背中合わせは嫌いしか受け取れないんだと思います。だけど主語は変更できる。今までは嫌いっていうのは悪口で言ってはいけない悪いことだと思い過ぎた。あと、過去は自由に変更できなければいけないと思いました。変化したら過去の方を否定してひっくり返さないと今ががんじがらめになってしまうから。
ここできれいごとをいっぱい書いて好きこそ素晴らしいことみたいに書いててすみませんでした。向きを表す信号だということがわかっていませんでした。私の親は私のことが好きになれないみたいでした。(言われたことはないけれど)だけどすごい執着して、すごい守ってて味方でした。だからとてもきびしかった。根っこが背中合わせだったんだと思います。一方で同じ世界で向き合っててにこにこ近寄ってくる人たちは、向きが変わると消えていく、私との間に働く力は親と比べて弱いと思いました。親は特に母は私のこと嫌いなのにすごい大事に思っている、すごく強い力でした。だから好きか嫌いかは単なる向きで、その間に働く力が相手によって違うと思いました。好きと嫌いとか、正しいとか間違いは向きなので自由に変更できて、本当に好きと嫌いは裏表で、重要なのは力の大きさのような気がしました。